こんにちはー、ヒーラーの大澤です。
前回は【スピリチュアル系や自己啓発系のサイトや書籍には「自分を認めて」という類の言葉がたくさん出てくる】【昔は認めるの意味が良くわかってなかったからとりあえず自分を褒めまくってた、でも何シックリこなかった】というお話をしましたね。(参照:「自分を認めて」と言われても、結局具体的に何をしたらいいの?【前編】)
では、僕がシックリきた【認める】の変換とはどんな解釈か?
それは『認める=【認識する】【見つめる】【開き直る】』です。
というのもですね、どんなに褒めても何かシックリ来てなかったのは、心のどこかで「自分を褒めること」に納得がいってなかったらなんです。
それなのに「認めなくちゃ褒めなくちゃ…幸せになるためにポジティブに」って自分の中にあるものから目を逸らすように、無理矢理実践したんです。(参照:スピリチュアル的には「感情に従う」or「理性に従う」どっちが大切なのか?)
でもそうすると、どんどんどんどん心は固くなっていきました。
その後、色んな経験や勉強して辿り着ついた方法は
今の状態や弱さを「あー、今自分ってこうなのかー」と、その事実をただただ認識して見つめたんです。それは「今日って何曜日だっけ?」と確認するくらい淡々とした感じで。
「『受け止める』って言葉に変換するのはどうだろう?」って考えたりもしたんですけど、それだとちょっと重い気がしたし、『認識する』『見つめる』って言葉の方が良い意味で無機質な感じがしたのでこっちを採用しました。笑
もうひとつは開き直るという事について
これはもうそりゃ人間ですからね。「直したい」「受け入れたくない」「目を背けたい」etc…そういう部分も往々にしてありました。…正直今でも多少はあります。笑
そんな中で「どんなに目を背けたって在るものは在るんだし、思っちゃうのはそう思っちゃうんだから仕方ないじゃん」って開き直ったら凄く楽になったんですよ。
こうして認識して、見つめて、開き直った直後に状況が好転していったんです。気持ち的にもスーッと楽になって【状況を好転させるしかない】って覚悟もついたんです。
そうした行程を経て「確かにオレには〇〇なところがある…それでもオレは愛されてるし、それでもオレは完璧だ」って自分を褒めていったんです。
もしあなたが今後スピリチュアル系や自己啓発系のサイトや書籍を見る機会があり、そこに【認める】という言葉が出てきて違和感を感じたら、こういう風に変換してみては如何でしょうか?
ではまた明日~(^^)/