こんにちはー、ヒーラーの大澤です。

前々回は【スピリチュアルは性別適合手術に否定的なんです】【容姿や好みはその人の尊ぶべき個性であって、人格否定される為に持って生まれたものではない】というお話でした(参照:スピリチュアルな観点から性別適合手術の必要性をお話しします。)

さて、今回はスピリチュアルな観点からの男女の営み・性交渉についてお話していこうと思います。

以前にも性については少しお話しているので、もし宜しければそちらも併せてどうぞ♪(参照:腰の痛み・婦人科系のトラブルは「自由」と「喜び」が足りないからです。)

まずはじめにスピリチュアルに於いて、性交渉にはふたつの意味があると考えてます。

ひとつは単純に【子孫を残す】ということ、もうひとつは【神聖な行為】ということ。

前者は「まー、そうだよね」ってなると思いますので、今回は後者について説明をしていきます。

こういうお話、受け付けない方も中にはいらっしゃると思います。

今生でそれに於いて苦い経験がある方、または過去生が宗教関係者の方だったりすると、尚更、抵抗感が強かったりするかもしれません。(参照:【生まれ変わり】と【魂】のお話。ちなみに魂は玉ねぎの皮です。)

ましてや今日の社会では、この【性】というものは汚いもの・卑しいものとして扱われて陰に追いやられたりします。

それでも、僕はずっとこの話がしたかった。

この性に関する話ってムチャクチャ大事だと思うから。

目を背けずにしっかり話していかなくちゃいけない内容だと思う。

話を戻します。

重複になりますが、スピリチュアルに於いてそれは【神聖な行為】なんです。(仏教やキリスト教でも汚いものとして扱われていません。よく誤解されるようですが)

何故ならそれは、男性性と女性性の象徴である『男と女』がお互いに足りない部分を補完し合って、無から有を生み出す行為だからです。(参照:【男性性】と【女性性】のシンボルを列挙し、トランスジェンダーについて語ってみた)

…教科書的な良い方しちゃうと、ちょっと意味分からないですね。笑

つまり言い方を変えると

ひとつの畑にひとつの種を蒔いて、ひとつの(ふたつとか、みっつの時もあるけど)命が芽生える。これってスゲー神秘感じない!?ってことです。

どんなに豊かな土壌の畑であっても、どんなに希少価値の高い種であっても、お互い一緒にならないと芽を出さないんです。

逆にいうと、僕たち人間は、木の葉一枚・砂粒ひとつも自分では生み出せないのに、男女が協力すれば尊い命の誕生の一端を担うことが出来るってことです。

コレって本当に凄いことです。

だから愛し合うふたりの営みというは、スピリチュアル的にみると本当に尊くて素晴らしいものなんです。

そしてだからこそ!

性欲やその行為を誰とするのかというのは、充分に気を付けなくてはいけない。

次回からはそういう部分についても書いていこうと思います。

それではまた後ほど~(^^)/