こんにちはー、ヒーラーの大澤です。

前回は【実際に亡くなった方やご先祖様がどんな思いで過ごされてるか、ご本人たちから聴いたことありますか?】【『あの世の常識は、この世の非常識』という言葉があるくらい、あの世とこの世では価値観にギャップがあるとされてる】というお話でした。(参照:これがブログやセッションをご提供する上での僕の信念・信条です【後編】)

では今回は、過去に僕の所に降りてきたメッセージで、僕が個人的に「深いなー!」「感動するなー!」と思ったものをご紹介していきたいと思います。

人は己が寿命を削ってあなたに尽くす。感謝しかあるまい。

人によっては「いやー…ちょっと重いわ。」って思われるかもしれませんが、よくよく考えてみてください。

毎日寄るスーパーで、レジ打ちしてくれるあのお姉さん。

アナタに大事なことを気付かせるために、嫌われ役を買って出てくれたあの上司。

テレビの向こうで笑いを届けてくれた芸人さん

その人の意思かどうかはいずれとしても、みんな、人生の大事な時間・寿命をあなたの為に割いてくれてます。

だから感謝以外出てこなくない?って言葉ですね。(参照:吾唯足知って言葉、ご存知ですか?)

勿論、だからと言って「そうだよね!感謝しなくちゃだよね!」って無理に思う必要もないと僕は思ってます。

天が【可能性】を作り、地が【常識】を作った

 

僕はこの言葉には少なくともふたつの意味があるように感じました。

ひとつは「常識、先入観、偏見、固定概念などに縛られてはいけませんよー」というもの。

勿論そういう意味もあると思うんだけど、でも何だかこれだと【地】や【現実】の部分を蔑ろにして、地に足が着いてない感じがして、僕は個人的に好きじゃない。(参照:ヒーラーやスピリチュアル好きな人にどこかフワフワしてたり、浮世離れしてたりする人が多い理由)

そこでもうひとつの考え方。

これはあくまでスピリチュアル的な考え方だけど「スピリチュアルを重んじれば重んじるほど、しっかり現実を生きなくてはいけない」というのがあるんですね。(参照:スピリチュアルを知れば知るほど程、リアリスト(現実主義者)になるのが本来のスピリチュアル)

でもだからって世俗的な価値観に振り回されて一喜一憂するのはどうよ?とも謳われているんですね?

なので「スピリチュアル的な考え方も、この世的な考え方もどっちも大事にしましょうよー」「バランスを失った偏った見方は体にも心にも毒ですよー」という意味として僕は捉えるようにしてます。

ずっと大好きよ。生きてるって素晴らしいことよ。(お相手の方へ)

生きてると、どうしても『仕事』『家事・育児』『お金』『健康』『人間関係』などのことに頭や心が向いていて

「この瞬間があることがどれだけ尊いか」に思いを馳せるのってなかなか難しい時もあります。

「生きててよかったー!人生サイコー!わふぅー!!!」って瞬間も無くはないけど、それをサラッと言えちゃうのが素晴らしい。

そしてこれは本当に不思議なんですが、亡くなられた方って、良くも悪くもどストレートで見栄とか照れとか意地とか一切無いんですよね。

だから「何を恥ずかしがることがあるの?」と言わんばかりに「ずっと大好きよ」って相手の方に伝えるし

自分が間違ってたなと思ったら、変な意地張らずに「ごめんなさいね、私が間違ってた」って伝えるんですよね。

これらの声を聴いたのはもう6年くらい前ですけどね、その方とご依頼された方との絆が深くて美しすぎて、こっちまでもらい泣きしたのを覚えてます。

この個性が出てきたことは良いことばかりじゃないし、聞こえたのも良い言葉ばかりじゃなかったし、怖い思いもたくさんしました。(参照:ある日突然霊能力に目覚めて、どう向き合っていいか分からない方とその周りの方々へ)

でもこういう場面に立ち会えた時、自分は幸せだなと心から思ったものでした。

それではまた後ほど~(^^)/