こんにちはー、ヒーラーの大澤です。

前回は【スピリチュアルに於いて絶対に変わらないこと、それは「全てのものは変わり続ける」という事】【当たり前なんてないし、特別じゃない日なんてない】というお話でしたね。(参照:変化していく世の中。スピリチュアルに於いて絶対に変わらないとされているのはコレ。)

さて、スピリチュアルにハマる方の中には上記のような【変化】に重きを置き、ひとつの環境や人に留まったり依存(もしくは執着)したりすることを、良くないこととして扱われてる方も少なくありません。

何を隠そう僕が昔そうでした。

スピリチュアルな世界に携わってから殆どの時間は、「こんな世界から離れたい!」という思いでいましたが

こっちの世界を知ったばかりの頃は「次はどんなことが起こるんだろう!」と嬉々として気分や直感にばかり従って行動していたし(参照:直感に従ったのに上手くいかない時ありますよね?考えられる理由はこれ【後編】)

その道の先達からも「依存(もしくは執着)は良くないよ」と、厳しく教わっていました。

なので僕自身が【見えない世界の事に振り回されちゃう子】【フワフワと地に足の着いていないスピリチュアル好きな子】という感じでした。(参照:ヒーラーやスピリチュアル好きな人にどこかフワフワしてたり、浮世離れしてたりする人が多い理由)

でも今、そういう時期を経て思うんです。

執着や依存は良くないと強く思われるそこのあなた

スピリチュアルや精神世界に依存(もしくは執着)してませんか??もしくは「依存や執着は良くない」って考えに、依存や執着してませんか??

確かに依存や執着って、スピリチュアル的に決して良いことではないです。

でもそこにばっかり意識が行くと、今度は「仲良くなりたい」って人と絆を深めたり、「助けてほしい」って弱音を吐くことも出来なくなります。

少なくともその時期の僕は、毎日凄く寂しかったのを覚えています。(参照:僕が感情を表現出来なかった要素はこれ~スピリチュアル実践編~)  

それに、スピリチュアル的に清く正しいことばかりを求めて、毎日が辛くなったら本末転倒です。(参照:
スピリチュアル的には「感情に従う」or「理性に従う」どっちが大切なのか?)

だって僕たちはこの世でしか味わえない経験をするために生まれてきてるんですから。(参照:スピリチュアルを知れば知るほど程、リアリスト(現実主義者)になるのが本来のスピリチュアル)

非現実的で変化のある人生はとてもエキサイティングで魅力的かもしれません。

ある日いきなり人生に転機が訪れる事だって大いにあります。(参照:それってもしかして【人生の転機】なんじゃない??兆候・前兆はココで確認!)

でも目の前の事を地道にコツコツ積み上げて、誘惑に負けそうになっても歯を食いしばって耐えて、そこから得られる感動や絆も、案外悪くないもんです。

その時得られる【達成感】というのもまた格別です。

そういう人間臭い泥臭い道も結構楽しかったりします。

すいません、今日はリンクばっかりで少し見づらくなっちゃいました…笑

それではまた後ほど~(^^)/