こんにちはー、ヒーラーの大澤です。

前回は【世の中にはいろんな意見や考え方を持った方がいて、それぞれの価値観や生活環境で正義とされるものを実行していく】【擦り合わせたり、歩み寄っていくのが僕たちの”意識の上での”ワンネス】というお話をしましたね。(参照:世の中には色々な考えの方がいるし、愛や正義のカタチはひとつではない。)

『色んな意見や考え方を持ってて』『それぞれの価値観がある』とはいっても、やはり虐待やイジメや暴力などはどんな理由であれ許容してはいけないし、根絶したいものです。

しかし【加害者=悪】として見ているばかりでは、スピリチュアルの目指すワンネスにはなりません。

心理学などを勉強していただくと分かるのですが、多くの問題行動は心に傷があることによって引き起こされます。

例えば、子供の頃に親に(もしくは環境や社会に)過度に感情を押さえつけられた方が、将来、自身の子どもに対しても感情も押さえつけてしまうというのは良くある話です。

さて、この場合、親と子供のどちらが悪いのでしょうか?

親も幼少期に、その方の親(もしくは環境や社会)に押さえつけられ育てられた可能性があります。

そしてさらにその親も、また親(もしくは環境や社会)に押さえつけられたかもしれません。

では誰が悪でしょうか?

悪いのは【その人】ではなく、その人の【言動】です。

つまり「罪を憎んで人を憎まず」という姿勢が大事なんですね。

その人の考えや行いが悪いのであって、その人が悪いわけではないんですよ。

その人をそういう風にさせてしまった環境、風習、文化、慣習が悪いんです。

「自分は愛されてる」「自分は大事にされてる」って思いが根底にある方は意地悪しないんです。僻まないし妬まないんです。

その人は可哀想なんです。愛が欠如してる故に寂しかったのです。

スピリチュアル業界で、ちょー有名人なシルバーバーチという方は書籍の中で「そういう人の為に祈ってあげなさい。泣いてあげなさい」と謳っています。

イエス・キリストは聖書の中で、自身をボロクソに扱う人たちに対して「神様ー!彼らは自分のやってることがどんなに酷いことか理解出来てないんですわ!マジ許してやってー!」と祈ってます。

ここで、ひとつたとえ話を…

昔、僕が飲食店でバイトしてた時の料理長はメチャメチャ細かい人でした。

そして常に周りを見下してるような人でした。

しかし、これには理由がありました。

その人は幼いころに兄弟に比べられて育ち、常に劣等感を持って生きてきたそうです。

そして大人になった今、自身にも他人にも「多少間違えても問題ない」と思えず「間違えたこと」を思い返して時々眠れなくなることがあったそうです。

一朝一夕には解決出来ないし、ご本人が気付き、向き合う覚悟をする必要がある問題です。

僕はヒーリングを通して、あなたの気持ちと元気をサポートします。

今日あなたが幸せな一日を送れますように…

それではまた後ほど(^^)/