こんにちはー、ヒーラーの大澤です。
前回「スピリチュアルでは【安楽死⇒否定的】であり【尊厳死に関しては『問題はない』】という見方をしています。」とお話しましたね。
では、その理由をなるべく分かりやすく解説していきたいと思います。
まず安楽死ですが、これは自然の摂理ではなく、あくまで人為的に命を終わらせてます。
なので
スピリチュアルでは
【安楽死=人を殺めた】
と見なしているんです。
つまり
【来るべき時に来るはずの寿命という自然の摂理に逆らって、人が人の生命を勝手に奪った】ってことになります。
だから否定的ということです。
スピリチュアルでは「生まれてからこの世を去るその瞬間まで、すべての経験や感動に意味がある」と考えています。
だから、寿命を全うすることが大事とされています。
とはいえ、安楽死に関しては日本では法律的に禁止されている行為なので、普通に生きている分には馴染みが無いかもしれません。
そしてもうひとつ、延命措置と尊厳死についてお話します。
まず大前提として
「寿命(時期や亡くなり方など)というものは、生まれてくる前に既にある程度自分で決めてくる」と、スピリチュアルでは謳われています。
まず、延命措置・延命治療のついて。
ちょっと乱暴な言い方かもしれませんが、分かりやすく言うと
「既に寿命は決まっているのだから、機械によって死期を延ばすのにも限界がある」
と考えます、これは逆ににいえば
「生きている(意識を取り戻した)ということは、まだ寿命ではない」
ということになるんですね。
医療機器よって生があるので
不自然っちゃ不自然ですが
強く否定はしてません。
ただ、肯定もしてません。
次に尊厳死について。
「ん?人工呼吸器や点滴を外す行為って「人を殺める行為」にはらないの?」
という疑問が出てくるかと思います。
これは「人を殺めた」とは考えないんですね。なぜなら、延命治療というのは
「これ以上回復が望めない」
「これ以上積極的な治療は行わない」
と、ドクターから判断された患者さんに対して行うものです。
安楽死のように、明らかにまだ生きていける方の呼吸を止めるのは、人道的にもスピリチュアル的にも宜しくないでしょう。
ただ尊厳死というのは、「死期が迫っている患者さんの命を医療機器によって無理矢理延ばす」のではなく
「人としての敬意を払いつつ自然な形で見送ってあげたい」という思いがあるから決断するものです。
なので
尊厳死を選択するのは
「愛」や「思いやる心」があれば
当然のように芽生えるよ。
とスピリチュアルは考えます。
なので、延命治療も尊厳死もどちらも「問題ない」という答え方になるんですね。
前回と今回はかなりセンシティブな話をお読みいただきありがとうございました。
あなたの人生が充実することを祈って終わりにしたいと思います。
それではまた明日(^^)/